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さすがに まだまだ九月の初め、
ちょっと体を動かせば、そのままじんわり汗ばむし、
温かいメニューを食べれば やっぱりドッと汗が出る。
それでも ふと頬に感じる風は涼しいし、
陽のない朝晩は特に、
夏生地の半袖のままだと
度を超す涼しさに肩までふるると震えることがあったりもして。
「湯冷めしないように早く帰んなよ?」
いかにもなバッグを提げた、銭湯帰りの彼らを見かけ、
そちらは腕白そうなポメラニアンのリードを引き引き、
擦れ違った顔なじみのおじさんから、そんなお言葉掛けられて。
そんな時期になったんだねぇと、
暮れなずむ空の下、
やっぱりお顔を見合わせる二人だったりして。
「たっだいま〜♪」
「おかえりvv」
そんなこんなに 気持ちもほこほこと温められつつ、
帰り着いたる愛しの我が家にて。
焼きナスに キャベツとシメジの味噌炒め、
高野豆腐の玉子よせに モヤシのおみそ汁という、
今宵も美味しい晩ご飯を仲良く食べて。
そうまでの時間帯になれば、
さすがに陽も落ちての、窓の外も暗さが勝さり。
何とはなくで観ていたテレビに、
今のはないよ、そうかな、えー?、と
いつもと変わらぬ、
他愛ないやり取りを交わしていた筈が。
「あ。」
「うん、いるね。」
切っ掛けは それもまた他愛なく、
部屋の中のどこかから聞こえた蚊の羽音。
どっか、物陰にいるんだよ
探すのは任せて、あ・いたいた
刺されぬうちに追い出さなきゃと ウチワで追って、
網戸の外へまで何とか追いやり、
どちらからともなく ほうと吐息をついてから、
見合わせたお顔とお顔が意外なくらいに間近だったのへ、
「あ…。///////」
「えっと…。/////」
腰高窓の桟の際で、
這いつく張ってた体勢もお揃いなまま、
相手のお顔につい見惚れ、
それからそれから、
「えと…。///////」
まだ宵の口だとし、
何へか話を逸らそうと思ったのが ブッダなら。
そんな彼だと知ってか知らずか、
視線が泳いだのへ待ってと引き留めるように、
その手が咄嗟のように伸びていて、
「ぶっだ。」
こっちを向いてとの切望を込め、
相手の二の腕を捕まえていたのが イエス。
逃げるつもりなんてさらさらなかった、
ただ、含羞みから視線が逸れかけただけ。
そんなブッダが すんなりと目線を戻せば、
“あ…。///////”
せっかくの男ぶりを頼りなく陰らせるよに、
かすかに眉と口角を下げたイエスの表情が、
置いてかないでよと責めるようなそれに見え。
違うよ そうじゃないよと
切なる眼差しで見つめ返せば、
甘えるような伺うような玻璃色の眼差しが、
ホント?と訊くよに覗き込んでくる。
「…?///////」
「……。///////」
吐息の甘さを肌へと感じ、
互いの頬の熱を意識するほどに近づけば、あとはもう。
いぃい?と目顔で訊かれるのももどかしく、
されど そんな自分をはしたないと感じる矛盾が、
胸のうちをぎゅぎゅうと振り絞る、そんな初心なドキドキがして。
耳元まで駆け上がった鼓動に翻弄されつつも、
薄く開いた口許へ、やわらかな感触が触れてくれると。
そこまでの初々しさを塗り潰し、
今度は別の切望で総身が かあっと熱くなる。
ぐいぐいと追われるそのまま、
向背の壁へと押しつけられる格好での抱擁は、
ただただ甘いのに激しくもあって。
息まで喰まれるようなキスは、
互いに求め合ってのこと、かすかな水音がくちくちと立って、
それがまた羞恥心を煽ってやまぬ。
だというに、
間近になった存在の温もりや肢体の充実が、
それは蠱惑で離れ難くて。
シャツ越しに密着しているイエスの胸元が、
ちょっとした身じろぎにも
ぐいとその筋骨を力強く動かすのが届いてはハッとするし。
そうかと思や、
食い尽くしたいように幾度も幾度も重ね直す口許の、
やや食い入った先にて熱の塊へざらりと触れて、
「…っ。」
あっとたじろいだのも もはや過去のお話で。
尋常ではない、いけないことには違いないのに、
ふるりと震えながらも、
逃げずに許すとする愛しい人に絆されて、
ぞくりとする秘処を絡ませ合って。
さすがに息をつくためと
その 合わさりを薄く剥がせば、
「ぁ…。///////」
もう終しまいなんて と思ったか、
背中へぎゅうとすがりつく手が愛しくて。
まだまだ足らぬと互いに互いを求め合い、
目眩いがするよな強引な口づけを、
思う存分、堪能してしまう二人であり。
「 ……あ。///////」
名残りは惜しいが 際限(きり)がない。
どちらものぼせたそのままで、
ちょっと離れるだけだよと
眸を伏せていても火照った頬をそのまま感じられる距離残し、
額やこめかみは触れたまま、
荒くなった息 はあはあとつきつつ離れれば。
そのまま ぶわりと一気にほどけたのが、
釈迦牟尼様の頭にて 堅く螺髪に結われていた髪の海。
総身を覆うほどもある、
それは豊かでつややかな、メリンスのような絹髪の出現へ、
「…ごめん。そんなに苦しかった?」
間近なままの耳元へ囁けば。
その掠れようがくすぐったかったか、
見ただけでも まろやかな感触を伝える、
今だけは妖冶な口許を弧に曲げて、
夢見心地というのぼせたようなお顔で、
「……。///////」
ううんと うっとりかぶりを振るのがまた、
何とも幼い仕草で得も言われず愛らしい。
骨格は大きくとも さほどに体格に差のないイエスの懐ろへ
もぐり込んだままの体勢は さぞや窮屈だろうにと。
せめてと腕の輪を緩めかければ、
「…っ。」
気配だけでも厭うたか、
やっぱりふるふるとかぶりを振って、
深瑠璃の双眸、悩ましげに伏し目にしまでし、
意地悪しないでと責める君であり。
どうして?
だって…。//////
触れているところだけじゃなく、
彼の腕に掻い込まれて出来る空間さえ愛惜しい。
声も眼差しも、匂いも温みも。
まだ距離を置いての向かい合う肢体さえ、
ぎゅうと密着したらどんな感じか、
どれほど力強く束縛してくれて、
どれほどの深き想いで縛り上げ、
誰にもやらぬと求めてくれるものか…と、
“あああ、どうしよう…。///////”
いけないことばかりを想う自分なのへこそ、
真っ赤になってしまう如来様だったようでもあるが。(もしもし)
……あの、あのね? イエス
なぁに?
すっかりとほどけた深色の髪を総身へまとわせた様は、
まるで静かな海の中にその身をゆだね、
流れの止まった潮の中に たゆとう豊かな髪を
特別な衣紋のように嫋やかな身へとまといし
それはそれは麗しき人魚の姫君のようでもあり。
そんな夢幻の存在もかくやと思うほど、
愛しくてたまらない人からの、
それもまた特別な思い入れあってこその 甘えの滲んだ声、
うんうんvvとイエスが夢心地で聞いておれば、
「蒸し返すようだけど、あのね、
あの……………本当に私でいいの?」
「? はいぃ?」
いつぞやお風呂屋さんからの帰りには、
もっと心の腹筋とか背筋とか鍛えなきゃ…なんて
それは胸張って言った人。(『夏色のキミとボク』参照)
そして、それが口先だけじゃあないと、
奮闘中なのだよということの証しのように。
つい先日も、
前触れもなく不安定なことを言い出したイエスだったのへ、
困惑こそしはしたものの、されど振り回されることなく対処して。
絶体絶命な破綻に至りかかってた窮地から
呑まれはしないぞ立ち向かうぞと
孤軍奮闘、頑張って見せもした、
それはそれは頼もしい功労者だというに。
「えっと、あの…。////////」
その折に…実は不安だったのが、
今になってぶり返したとでもいうものか。
それとも、甘えていいよと自分でも認めている、
愛するイエスの腕の中にいる、深い深い安堵からだろか。
日頃は 強靭な気概を芯にし、それはそれは聡明な光をたたえておいでの、
宝珠のような深瑠璃色した双眸を、
今は打って変わってのどこか頼りなく、
戸惑いに揺らめかせつつという態で視線を泳がせもっておいでの彼であり。
「私となんて抱き合って嬉しいのかなって思って…」
「……え?」
聞き返されてひやっと首をすくめるのは、
それが卑屈な物言いだと重々判っていたからか。
それでも、そういうところは律義にも
もうちょっと咬み砕いての言を重ねるブッダであって。
「堅物で生真面目で、融通が利かなくて。
女の人でもないから、あのその、華奢でもないし。
そんな私では、色香も何もなかろうにって…。//////」
教えを説くときの、いやいや日頃の朗らかな彼が見せるそれ、
誰と何と対峙しても恥じ入ること無しとする、
十分な矜持を負うておればこそのしゃんとした態度はどこへやら。
いかにも自信なさげに もじもじしつつ紡ぐのへ、
「あのねぇ。」
それへはさすがに、いやさ、
どこまでも不器用な、これも彼なりの律義さらしいのへと、
イエスが何とも言えない苦笑をこぼし、
「夏になる前に、
私が“私なんかでは物足りないんじゃないか”って訊いたとき、
キミは何て言ったか覚えてる?」
「う…。//////」
私は イエスをもっと欲しいと言ったんだよって。
誰でもいいから“気持ちいい”を感じたいって思った訳じゃないって、
私、確か 叱られたんだけどもな。
うう〜〜。//////
そう言えばと、首を縮めてしまうブッダを、
今度こそは優しく見やってから、
「大好きな人に触れて良いなんて、
君なら良いよって受け入れてもらえてるなんて、
こんな幸せなことってないよ?
ましてや、私の場合 それが世界一尊い人だもの。」
そんな風に、感覚的な心情を述べてから、
でもねと、息継ぎするように言い足して。
わきまえなく即物的なことを言っちゃったの、
恥じ入るように視線を上げない愛しいお人の、
それはそれはまろやかな頬に、賢そうな額に、
こちらからは鼻の頭を擦り付けて、
一緒にいられるだけでも十分幸せには違いないけれど。
気持ちや心を許してくれてる、
信頼を置いてくれているという崇高なことが
何にもましての至上な つながりや絆には違いないけれど…。
「それでも、私、
まだ未熟だからかな、
このひとときだけ、私だけのものになってくれるキミだってことが、
大きな声で叫び出したいくらい それはそれは嬉しいvv」
「〜〜〜〜。///////」
実は自分だとて、
触れ合いという直接的な行為へと感じる高揚もまた格別なのだと、
隠すことなく囁いて。
生真面目な恋人が、
そんな彼だからこそ えいと思い切らねば口に出来ぬとしていた、
ややもすると“はしたないこと”へ。
私もなんだよ?と、同意を告げて安堵させるのを忘れない。
それどころか、
「ブッダこそ、」
「??」
ここで怖ず怖ず、伺うような口調になって訊く彼であり。
あのその、弟みたいって思ってた延長で、
可愛いなぁって甘えさせてくれているだけ?
あ…。
不安なのはイエスだとて同じ。
そりゃあ朗らかに、
一縷の戸惑いもないかのように振る舞って見えても、
実は実は、そんなまで入口のところ
時に思い起こしては考え込みもしているらしく。
とはいえ、自分でも大人げないと自覚はしておいでか、
「い・いや、それでも構いはしないんだけど、
くすぐったいのを限界まで我慢しているだけなんなら、
それって苦行みたいなものじゃないのかなとか、あの…。/////」
急に早口になってしまい、
気にしないでねと誤魔化そうと仕掛かるものだから、
「ち、違う違うっ。///////」
今度はブッダのほうが焦ってしまい、
そんな格好で卑下しないでと引き留める。
「??」
「その、ぎゅって抱きしめられて、離さないってされるのが、
こんなにも好きだよって態度で示されてるようで嬉しいし。
一杯キスしてくれたり、時々甘咬みされるのも、
ひゃあって、くすぐったいって身がすくむけど、
あのね? あの、」
「ぶっだ?」
案じるような眼差しが、
こちらをだけ、じいと見つめてくれている実感までもが
嬉しい嬉しいでも恥ずかしいと 頬の火照りを誘う中。
やっぱり“えい”と覚悟を決めての思い切り、
「ちょっぴり、その、
ゾクゾクッてするのが、あの、えっと…。//////」
嫌ならそう言う、いくらなんでも抵抗する。
現に、もうもう限界となったら、
ごめんだけと ちょっと待ってと、
恥ずかしながらストップかけてたくらいだし。
だから、嫌だというのじゃあないっていうのは十分伝わっており。
「…あ。////////」
むしろ、触ってくれるの全部、愛咬として受け入れているのだと。
それをどう言えばいいのかと困っている彼なのが判るので、
「…ごめん、ごめんねブッダ。」
頬やうなじが痛々しいほど真っ赤になった伴侶様。
それは思い切ってくれたのだと
例えるものがないほど痛く胸をぎゅうと締めつけられて。
そんなまでに強い切なさに衝き動かされたまま、
長い腕を広げて延ばすと、
その尋の内へ 愛しい人をぎゅうと抱きすくめるほかはなく。
ドキドキしているのごと伝わってくるのを、
そのまま取り込みたいようと言わんばかりに、
背中へ回した腕を そのままうなじへまで届かせて、
柔らかで温かい肢体、自身の懐ろへと余すことなく取り込みながら、
届くところのすべてを埋めたいかのよに、
唇でまさぐると触れるだけの優しいキスを降らせる彼で。
「あ…。///////」
イエスからのそれはやさしい愛咬にくるまれて。
恥ずかしい告白をさせてごめんネごめんネと、
いたわってくれる心遣いが染み込むまま、
大胆な冒険をしてしまった気持ちを宥められておれば。
そんなブッダの耳へと届いたのが、
「…ごめん、私、
最初はネ、
誰も触ってないのだろ、それはきれいな肌なのへ
自分だけが許されて、触れたりキスできるのが嬉しかった。」
今も、何の抗う気配もないままに、
その尊い御手を掬い取らさせてくれるのへ
うっとりと視線を降ろすイエスであり。
鋭角な目許を伏せるお顔の、
静謐な、それでいてこの年頃の男性にふさわしい精悍さも匂わせる
そんな男臭さへ、ほわんと夢見心地になったブッダ様。
愛しきお人の何とも言われぬ頼もしい偉丈夫さへ、
ついつい視線を奪われておれば、
「それが、でも最近は ちょっと違って来てて。」
「え?」
声音が やや細くなり含羞みを帯びたものだから。
何だ何だと、訊き返せば、
「あのね、あの…。////////」
それこそ、先程のブッダが“えい”と思い切ったのと同じほど、
うんとくっきり頷いてから、
「ブッダがひゃぁあって身をすくませるたび、
ごめんなさいって意味でドキドキしつつ、
でもでも同時に、興奮もして躍り上がってた。//////」
馬鹿正直にも程がある言いようをして、
紛れもない本心を紡いだイエスだったりし。
「………ホント?」
「うん。//////」
腕の中から見上げてくる深瑠璃色の双眸。
その目映いばかりの潤みと深色を、
何にも替え難い宝石みたいだとうっとり見つめつつ。
こんなに清らかな存在を 畏れ多くも抱いてていいのかという
怖さ半分の高揚に喉が渇いて来そうになりつつ。
それでも、それはくっきりと頷いて見せ、
だからね、女の人じゃないのにとか関係ないの。
女の人みたいに柔らかいとか綺麗だからとかいうのじゃなくて、
…いや、少しはそういうのもあるんだけれど。//////
大好きなブッダが相手だから、気持ちいいし嬉しいし興奮しちゃうし。
ブッダが恥ずかしいからって目を逸らすようにして、
でもでも そわそわビクビク反応してくれてるのも、
不謹慎だって思いつつ、でもネあのネ?
胸がギュウってなるくらいドキドキしてたの、ごめんね?
うあぁ…。//////////
“なんかなんか、
もう良いような、でもでもまだ聞いてたいような…。///////”
今宵は殊の外、蚊遣りの煙の香りも濃いよな気のする、
そんな宵を迎えたばかりな、
小さな小さなアパートの窓の外には。
十五夜にはまだちょっとだけ足りない、
それでも限りなく真円に近い月が昇ってて。
それは尊い存在の、
でもでも それはそれは初心な睦言の応酬、
微笑ましいことよと優しい笑顔で聞いてなさったそうな。
〜Fine〜 14.09.02.〜09.06.
*月が綺麗ですねなんて、囁き合ったりしてと、
今時にぴったりなお言葉をありがとございました、Hさんvv
夏目漱石せんせえですね、なんて崇高な……vv
*そして うっとこの本題はといえば、
相変わらずの繰り言まるけですいません。(ホンマにな)
でもでも、
気を遣い合ってのこと
ちゃんと言葉にして伝えてない部分が
実は気になっちゃってたブッダ様だったり、
それを言うならと
自分の覚束ないところを持ち出す
イエス様だったりするんじゃないかなとか思いましたもんで。
どっちにしたって
問題なのは他でもない もーりんなのでして。
私ってば、
最聖という尊い方々を一体何だと思っているものか。
(え? それを言い出したら身も蓋もない?)
めーるふぉーむvv


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